オーケストラアンサンブル金沢(以下OEK)、「第10回ピアノ協奏曲の午後」に行ってまいりました。
特に印象に残ったのは、OEKと一体となった若きロシアのピアニスト、ニコライ・ホジャイノフ氏の演奏。感無量でした。
・金沢から世界一の音楽へ
OEKは、1988年、世界的指揮者、故岩城宏之氏が創設音楽監督を務め、多くの外国人を含む40名からなる日本最初のプロの室内オーケストラとして石川県と金沢市が設立。
共感したのは、指揮者岩城氏の「金沢から日本全体に、そして世界へ発信する」「世界的なオーケストラに育つことが、同時に地域の文化の発展に寄与する」という言葉。
グローバル化により文化が画一化されてしまいがちな中、加賀百万石の城下町として栄えた伝統が色濃く残る金沢は、独自の文化を発信できる強みを持っていると思います。
・創設当時の3つの方針
OEK創設時、岩城宏之氏が打ち出した方針は、それまでの日本のオーケストラにはなかった画期的なもの。主に以下の3点。
①インターナショナルな楽団員構成
1点目は、国籍や出身地の制限をもうけずに広く世界から楽団員を募集し、インターナショナルな楽団員構成にすること。
多様性から新たな文化がうまれ、海外とのネットワークが広がるというメリットがあります。
②コンポーザー・イン・レジデンス制度
2点目は、座付き作曲家の制度を設け、OEKのための作品を作ってもらうこと。
石川の風物詩を取り入れた楽曲(石川の風景からインスピレーションを得た作品、邦楽とクラシック音楽とのコラボ作品)が数多く作成されました。
③積極的な海外公演
3点目は、海外公演を積極的に行うこと。
日本の現代音楽を本場の聴衆の前で演奏し、その経験を楽団の成長につなげ、そして楽団を海外でも認知してもらい評価を得るという目的がありました。
・石川県立音楽堂
①OEKの拠点地として作られたコンサートホール
音楽堂の大きな特色は、OEKの拠点地を前提として建設されたこと。
OEKの運営母体である石川県音楽文化振興事業団は、音楽堂の管理運営も行っており、オーケストラづくりがかなり進んでから、様々な要望を反映させた形で、音楽堂を建設。
「オーケストラにとって最後の楽器はホールだ」という岩城氏の理念が表れています。
②コンサートホールと邦楽ホールの併設
県立音楽堂は、コンサートホールと邦楽ホールを併せ持っています。
財務面での課題はあるものの、邦楽ホールの存在は邦楽関係者との接点を増やし、金沢の能や邦楽とオーケストラの融合による新たな文化の可能性が広がりました。
③教育プログラムの重視
オーケストラは、民間資金及び将来の顧客の確保のため、教育プログラムが重視される傾向にあるとのこと。
OEKは、音楽をいかに身近な存在にできるか、教育の現場にいかに組み込めるかという視点で、教育プログラムにも積極的に取り組んでいます。
これらの取組は、音楽堂という拠点で、人を集める形で展開できるようになったことが大きく寄与していると言えるでしょう。
・ラ・フォル・ジュルネ金沢
ラ・フォル・ジュルネ(熱狂の日)は、アーティスティック・ディレクターのルネ・マルタンが1995年にフランスのナントではじめた音楽祭。
毎年テーマとなる作曲家またはジャンルを設定し、期間中は朝から晩までいろんな会場で同時多発的にエキサイティングなコンサートを繰り広げるコンセプトが当たり、世界的な音楽祭に育ちました。
金沢は、新音楽監督の井上道義氏の尽力もあり、日本で東京に次いで二番目、世界で六番目の開催都市となっています。金沢独自の創意工夫も見られるようです。
こちらについては、来年のゴールデンウィーク参加した際に、またご紹介したいと思います。
皆さんも是非訪れてみてはいかがでしょうか。