薩摩の國から

地域づくりを中心に様々なテーマについてまとめていきます。

知的であることの最低条件 ~「生物と無生物のあいだ」福岡伸一~

生物と無生物のあいだ (講談社現代新書)

福岡伸一著「生物と無生物のあいだ」、読了。

内容に加え、筆者の研究者としての姿勢が非常に示唆に富んでおり、

自分の糧になる言葉をたくさん見つけることが出来ました。

最も印象に残った言葉は、「知的であることの最低条件は自己懐疑できるかどうか。」

 ・「生命とは何か」という問

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この本は、「生物とは何か」という問ついて、ワトソンとクリックによるDNA構造の発見をはじめとして、様々なエピソードを交えながら、美しい文体で描かれています。

夏休み。海辺の砂浜を歩くと足元に無数の、生物と無生物が散在していることを知る。美しいすじが幾重にも配する断面をもった赤い小石。私はそれを手にとってしばらく眺めた後、砂地に落とす。ふと気がつくと、その隣には、小石とほとんど同じ色使いの小さな貝殻がある。そこにはすでに生命は失われているけれど、私たちは確実にそれが生命の営みによってもたらさたものであることを見る。小さな貝殻に、小石とは違う一体何を私たちは見ているというのだろうか。

(本文より引用) 

私のような生物学初心者でも読みやすいです。

 

・生物学としての面白さ

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私自身、生物学に興味が強い方ではなかったのですが、

生命の神秘はやはり興味深く、ぐいぐい引き込まれてしまいました。

・ある病原菌がその病気の原因であることの立証条件とは

・ウィルスは生物か

・生物学を貫く構造

・私たちの身体が原子に比べて大きい理由

・DNAの対構造が意味するもの

動的平衡とは

等々、数多くの疑問や論点に対する回答が述べられています。

 

・研究者としての姿勢

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私にとっては、内容以上に、筆者の研究者としての姿勢が非常に学びが多く、参考になりました。

 

・知的であることの最低条件は自己懐疑が出来るかどうか

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私が最も印象に残った言葉は、「知的であることの最低条件は自己懐疑ができるかどうか」。

 生命科学では常に観測データが論理よりも優先する。とはいえ、それは観測が正しく行われているとしての話である。

 科学者はその常として自分の思考に固執する。 仮に、自分の思いと異なるデータが得られた場合、まずは観測の方法が正しくなかったのだと考える。自分の思考がまちがっているとは考えない。それゆえ、自分の思いと合致するデータを求めて観測(もしくは実験)を繰り返す。

 しかし、固執した思考はその常として幻想である。だから一向に合致するデータが得られることはない。科学者はその常としてますます固執する。隙間に落ちた玉を拾うために隙間を広げるとさらに深みにはまるように、あてどもない試みが繰り返される。研究に多大な時間がかかるのは実はこのためである。

 仮説と実験データとの間に齟齬が生じたとき、仮説は正しいのに、実験が正しくないから思い通りのデータがでないと考えるか、あるいは、そもそも自分の仮説が正しくないから、それに沿ったデータが出ないと考えるかは、まさに研究者の膂力が問われる局面である。実験がうまくいかない、という見かけ上の状況はいずれも同じだからである。ここでも知的であることの最低条件自己懐疑ができるかどうかということになる。

」と「」に優れた人になりたいと考えている私にとっては、グッとくるものがありました。

机上の空論に惑わされず、目の前の現実としっかりと向き合っていくことが必要だと改めて感じました。

 

自己否定の大切さを語ってらっしゃった、あすびと福島の半谷さんも思い出されます。

 

オススメの本なので、是非ご一読下さい。