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薩摩の國から

地域づくりを中心に様々なテーマについてまとめていきます。

自分の限界を設定しないこと

勉強会

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先日、小布施若者会議で同じ「健康チーム」だった方々とお食事してきました。(小布施若者会議については、こちら

「健康チーム」の皆さんは、本当に優秀な方々で、各々が自分の意見を持ち、行動力があり、心から尊敬しています。

会議が終わった今も、お互いに連絡を取り合い具体的な事業の話も進んでいます。

今回は、自分達の気持ちを素直に話す中で、自分の心に刺さった一言についてまとめてみたいと思います。

・自分で限界を設定してしまっているのではないか?
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とあるメンバーの方がおっしゃったのは、「君は自分で限界を設定しているのではないか?」ということでした。
確かに、自分でも納得のいくところがあり、心にグサッと刺さった一言となりました。

具体的にエピソードを交えながら、振り返ってみます。

?小布施若者会議での終盤において
小布施会議にて、最後のプレゼンに向けて徹夜で準備を行っていたときのことになります。

各々が意見を持つ18人を、1つの発表にまとめる難しさを痛感したとき、

小布施に初めて訪れた新参者」で、「社会人経験のない大学生」と強く思っている僕は、

「経験豊富な社会人」の方に任せてしまった気がしています

もちろん、自分の出したい意見や考え方が、最終プレゼンの内容に含まれてはいますが、

いかんせん、不完全燃焼感が拭えませんでした。

時間までに最終プレゼンを完成させることを考慮すると、

未熟者の自分は、丸くなるのが妥当であると考えてしまったのです。

18人全員が全力を出し切って、1つのものにするのは難しいと決めつけてしまったこと、そして、自分自身は、「未熟」な「新参者」と決めつけ、丸くなり、消極的になってしまったに対して、自分で限界を設定しているのでは?というお言葉でした。

「未熟」かつ「新参者」だからこその意見を提供できると信じて、行動すればよかったと思っています。

?小布施における事業の実行について
私たちの健康チームの出したアイデアは、より深く話し合い、具体的な事業も検討しています。

そこで、私は、すぐに

「お金・時間的な面を考えると、小布施に頻繁に行くのは難しい。だから、東京でも出来ることで協力したい。」と言いました。

これについても、自分の設定した限界にとらわれているのでは?というお言葉がありました。

確かに、現実的に考えた上で自分の役割を明確化しようとした発言ではありますが、

東京で出来ることを頑張りますと言った瞬間に、可能性が狭まってしまう気がします。

例えば、お金に関して言えば、事業化する場合に、交通費を予算に組み込むことだって絶対不可能とは言い切れないはずです。

選択肢を捨てることなく、他の可能性についても考えを巡らせるという姿勢が足りなかったと思います。

・自分で作った限界の枠にとらわれないこと
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自分で一度限界を作ってしまえば、その先に進むことはありません。

理論と実践は非常に重要であり、現実可能性を全く無視するということはできませんが、現実可能性という言葉に甘んじて、発想を硬直化させてしまってはダメな気がしています。

現実可能性を考える冷静な心を持ちながらも、自分のやりたいことに素直な柔軟性に富んだ心もしっかりと育んでいきたいです。