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薩摩の國から

地域づくりを中心に様々なテーマについてまとめていきます。

〈持ち場〉の希望学: 釜石と震災、もう一つの記憶

書籍


〈持ち場〉の希望学: 釜石と震災、もう一つの記憶〈持ち場〉の希望学: 釜石と震災、もう一つの記憶
(2014/12/19)
東大社研、 他

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「〈持ち場〉の希望学: 釜石と震災、もう一つの記憶」という書籍を読みました。

東日本大震災により甚大な被害を受けた釜石市において、それぞれの持ち場を懸命に担った人々の声の記録が残されている本です。住民、市役所職員、船員、消防団員、企業等様々な立場からまとめられています。

読み進めるのが辛く感じる箇所もあり、一か月間かけてようやく読破しました。

人々の生の声の記録だからこそ、自分の心に訴えかけてくるものがありました。

また時間をおいて、もう一度読み直してみようと思っています。

今回は、読む中で特に感じた点について、数点まとめてみました。

・日頃からの信頼関係、地域でのコミュニティ
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日頃からの信頼関係、地域コミュニティというものがいかに重要かということを物語っているエピソードがたくさん詰まっていました。

釜石復興まちづくり基本計画には、津波てんでんこ」という言葉が出てくるのですが、皆さんは知っていますか?

「てんでん」とは、「てんでんバラバラ」の使い方と同じでありまして、「津波てんでんこ」とは、津波のときには、自分の命は自分で守るという意識で家族がばらばらになってでも逃げることを優先する教え」という意味です。

当然ながら、「自分が助かれば他人はどうなってもいい」という利己主義的な意味ではありません。

あらかじめ互いの行動をきちんと話し合っておくことで、離れ離れになった家族を探したり、とっさの判断に迷ったりして逃げ遅れるのを防ぐというのが趣旨となっています。

緊急時に災害弱者(子ども・老人)を手助けする方法などは、地域であらかじめの話し合って決めておくようにするということです。きっと避難しているに違いないという信頼が生まれます。

このような防災に対する意識共有がない場合、災害弱者は既に避難しているにもかかわらず、車で迎えに行こうとしたが故に、渋滞に巻き込まれ、津波に飲まれてしまうという可能性も生まれます。

でも、この教訓はそこまで単純でははないと思っていて、

本当に危機状態に置かれている時には、自分の目で確かめて、自分の足で安全なところまで、家族を連れて行きたいという思いが生じるでしょう。

また、連れて行ってくれるはずの人がたまたま出かけている可能性や怪我をして動けなくなっているケースの可能性も否定できません。

全員が納得できることではないなと思いました。

しかし、全体としての生存可能性を考慮し、共倒れを防ぐということを考えると、「津波てんでんこ」という教訓をしっかり守るべきだなと感じました。

・危機意識不足
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人は皆、自分は実際には震災に遭わないと思っています。

今、このブログを書いている僕も、この文章を読んでくださっているあなたも、直後に地震が起こるとは思っていないはずです。

ニュースで報道を見て、相当な関心を抱いたとしても、時が経つにつれてニュースで報道される頻度は落ち、記憶から薄れていく人も少なくはないでしょう。

しかし、そのような意識では、再び惨劇を繰り返してしまうことになると思います。

高い確率で、日本で再び地震が起こるという予測もありますし、一人一人がしっかりと危機が起きたときの心構えを持っておくことが重要だと思います。

防災教育、効果ある訓練、防災方法、周知の仕方等まだまだ改善の余地がありそうです。

・ハードの限界
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堤防、道路、建物等のハードの充実によって、多くの命が救われることは確かでしょう。
しかし、ハードには限界があります。

例えば、千年に一度規模の地震に耐えられる堤防を長年かけて作ったとして、一万年に一度規模の地震がやってきたとしたら、ダメージを食い止めるという効果は当然大きいですが、ハードだけでは人々の命は完全には守られません。

一万年に一度規模と言っても、今来るかもしれないし、一万年後に来るかもしれないし、予測はつきませんよね。

一定のハード設備は必要だと思いますが、ハードに頼らない上記で述べたようなソフトの役割も重要だということです。



当事者の声に、本当にたくさんの教訓がつまっていました。
このような記録を絶やすことなく、人々が共有していくことが一つの<希望>になるのかもしれません。